
またまた結婚式について。奥さんの友達、Hiroはダンナがアメリカ人なので日本との両本土のちょうど真ん中にあるハワイで式を挙げた。粋だと思う。
で、僕はほとんど初対面のクセにずかずかと式のほとんどのプロセスを撮らせていただいた。ありがとね。Hiroちゃん。
彼女にとって、人生最大に近い公開イベント(未公開ではさらに大きなイベントがあると思うが・・・)ということで、こちらも必死だ。走り回って、自分の体力以上に動き回れる。これがホントに楽しい。
僕にとっては過去サイコウの結婚式撮影体験となった。左のリンクの、旅行写真のところにある「プレゼント」という写真はこの時のもの。
彼が彼女がふとしたきっかけで目にして気に入っていた絵画をこっそり手に入れてプレゼントしたときのもの。これまた粋だ。
M3DS + SUMMICRON 35mm 1st version (8 elements)
テーマ:★カメラ&レンズ・機材 - ジャンル:写真
- 2006/07/23(日) 12:59:05|
- Summicron 35mm, 8 elements
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かなり以前の事。ハービー山口さんの写真展「HAPPY」を見に行った。
ハービーさんは「人が輝く一瞬を撮りたい」といい、ライカをはじめ古いカメラ、レンズを使う、ライカ使用者の鏡のような写真家である。
あわよくば自分の写真を批評してもらおうという下心で、ポートフォリオ抱えて会場へ。果たしてハービーさんは・・・一通り写真を見終えて使用レンズ表なんかをチェックしてるところへ現れた。
しかも誰か見たことある人と一緒だ。19(ジューク)のヴォーカルのケンジさんで、その時は名前を知らずに失礼した。ケンジさんは気にしてなかったが取り巻いていたファンが憎しみの目で僕ら夫婦を見ていた・・・
まんまと写真を批評してもらって、ほめてもらったのがこの写真。自分でも気に入っていたカンボジアでのショット。「向こう向いてるんだけど表情が見えるようだ」と言ってもらって、なるほど、そういうふうに考えるのか、と感心した。
後姿でも味わい深く撮れるときとつまらないものとがある。その後も人の後姿というのは何枚も撮ったが、どういうときにいい雰囲気がでるのか、未だに分からない。舞台と、人と、光線がしっくりと組み合わさるところを出来るだけ沢山見つけて撮っていきたいと思う。
写真展で見たハービーさんの写真は、どの人物もまさに「輝く」瞬間で、またその時をときめいているカッコいい人ばかり。木漏れ日のようなやわらかい輝きを、オールドレンズでうまく掬い上げていた。オールドレンズの力を更に確信した日だった。
M3+ SUMMICRON 5cm 1st version
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2006/07/21(金) 18:47:27|
- Summicron 5cm, 1st
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結婚式の撮影はいい。これほどカンタンに満面ハレの顔の人を撮れる機会は少ない。やっぱり、結婚式とライブコンサートは貴重な撮影チャンスだと思う。
となるとどちらも室内。光源も少なく、フラッシュ不可の場面も多い。ライカファンにはたまらない状況。そう、大口径レンズつけて、ミラーアップのないボディ使って、400とか800の高感度フィルムつけて、ノーフラッシュ手持ち撮影の独壇場となる。
とはいっても、プロの方とかがフラッシュバシバシ焚いて最新デジタル一眼で撮ってたりするんだけどねぇ・・・
まぁ、そんな撮影してたら、背景のステンドグラスがこんなにキレイにボケてくれたりしないわけです。誰にも負けない一点、っつーのがあるわけですな。ライカとその大口径レンズ。この場合ズミルックスの初期。
LEICA M3 DS + SUMMILUX 35mm 1st version
FUJI Provia 400
テーマ:カメラ話、写真話。 - ジャンル:写真
- 2006/07/15(土) 16:08:28|
- Summilux 35mm, 1st with google
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向山さんの話を書いたが、写真と違う分野での芸術表現ということで、もう1話
多分10年位前、当時働いていた会社の先輩に薦められて、池袋芸術劇場小ホールでのパフォーマンス公演を見に行った。
ダムタイプのS/N。見た人いらっしゃいます?
まず、いきなり鼓動が表現される。心拍の波形が、会場全体をスクリーンとして使って、後方から前方に走り、前方中央で大きな波となる。
S/Nを創造した古橋氏は、そのとき既にHIVに感染、亡くなっている。しかしそれを予定していたかのように、彼はフィルムから前方のスクリーンに巨大に投影され、今も生きて演じている共演者と会話をする。会話している間古橋はずうっと顔に化粧を続け、真っ白に塗った顔に口紅をぐるぐると塗り続けてふつうの5倍くらい大きくなった唇を鏡で見つめながら話し続ける。
この表現をクイアーパフォーマンス(変態パフォーマンス)と呼ぶそうだが、最大の効果を考えて印象付ける作業は、まさにクイアー的領域になるのかもしれないと思う。
表現方法は多彩。演者が次々と高い塀の上に上がっては後ろに崩れ落ちていってしまう繰り返しの場面は観衆をちょっとトランス状態に陥れるような、音楽ならミニマルミュージック的な効果を持っていた。僕も頭をどっかに持っていかれたような感覚があった。
同じ場面の繰り返しが微妙にズレていく表現はモアレ効果とか呼ばれているそうだ。あの、印刷物の細かいドットが干渉し合ってムラを生み出してしまうモアレ。印刷なら不良品になる特徴を表現に利用してしまう多彩さ。
ダムタイプは古橋氏亡き後も優れた表現を続けて、その後のパフォーマンス「OR」も素晴らしいそうである。ぜひ観たい。生OR死の病院での状況を演者が追体験する、というところからのORだそうだ。これも誰か見た方、いらっしゃいます?
- 2006/07/03(月) 00:35:04|
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トシを取ったのか、やけに昔のことを想い出す
今日思い出したのは、1993年くらいの現代ピアノリサイタル
写真にも通ずる体験だったので、今日はこの思い出話
場所は川口、リリアホール
仕事帰りに立ち寄って、うーん、面白そうだなぁ、どうしよう、と迷っていたら、一緒に来るはずの友人が来れなくなってチケットが余ってるのであげます、という女性が現れて、そのまま聴くことになったコンサート。
まぁ、最初はフツーに始まったのだが、現代音楽の非日常性がジワジワと五感に染み込みつつ、第2部から向井山さんが圧倒的に魅せ(聴かせ)始めた。
まず、第2部開演と同時に、ホールが真っ暗になる。聴衆はこういうことも予期している人が居たのか、騒ぐ人もなくすこしずつ会話が減り、やがて静寂に。
そこに、ごくごくわずかな照明が舞台の中央に当たり、そこに立っている、大きな、ヒマワリのような花がやっと見てとれる。
演者が登場。中央まで歩いてきて花を愛でている様がぼんやりと分かる。
これが5分くらい続く。静寂の5分は永遠に近い。
そこから演者はピアノに向かう。
第一音が静寂を破る瞬間、これほど音に集中したことがあるか、という研ぎ澄まされた感覚の聴衆がその音楽を聞き始める。
僕はこの第2部の1音目から音楽に飲み込まれたようで、最後のメレディスモンクのカバー、ダブルフィエスタでは既に現代音楽への興味が抑えきれなく高まっていた。翌日池袋のWAVEかどこかで、すぐにメレディスモンクのCDを手に入れて知り合いやら後輩やらに無理やり聴かせたのを覚えている。
まず表現したいものがあり、そしてそれを、いかに受け手の中に彫りこんでいくか。
そんなことを深く考えるようになった・・・のに、数々の些事に気を取られている間に14年くらい経ってしまった。という深ーい反省のお話・・・
回想していてネットで向井山さんを検索したら最近は「For You」というプログラムをやっていて、チケットを1枚だけ発行。一人の聴衆のために大きなホールを使ってリサイタルをやっているそうな。彼女はオランダ在住なのでわざわざ日本にやってきて一人だけに聴かせて帰ったそうだ。表現者は新しい表現方法への挑戦者でもあるんですねぇ。
14年経ってまた勉強になりました。優れた芸術表現の影響力は絶大だ。
テーマ:モノクロ - ジャンル:写真
- 2006/07/02(日) 02:43:06|
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